社会的動揺が大きくなった。教授達による運動は文部省の建物を占拠し、隣接した 通りを拠点として展開され、小学校の活動を麻痺させた。鉄道員達はヴァレンティン・カンパ (Valentín Campa) とデメトリオ・ヴァジェホ (Demetrio Vallejo) をリーダーとして職員の権利の回復を求めた。
大統領選に出馬したロペス・マテオス (López Mateos) には、PANから出馬したルイス・H・アルバレス (Luis H. Álvarez) を除き特に大きな反対勢力は出現しなかった。
メキシコ市はもうひとつの大きな社会政治運動の舞台となった。学生はバスの 運賃値上げに反対して、市内のバスを乗っ取った。これらのバスは大学都市内の駐車場に 置かれ、また、タクシーとメキシコ市政府が管轄していたトロリーバスを除き、首都圏の交通は文字通りストップした。
学生運動は交渉が進むにつれ抑圧され、乗っ取られたバスは返還された。
大学助成金の増加によって、全ての大学付属機関職員の給与が均等になった。
大学書籍流通部門は出版局から切り離された。
UNAMに初のコンピュータIBM650が理学部に導入された。これはUNAMだけではなくメキシコで、またラテンアメリカ初の出来事だった。
コアパ (Coapa) 劇場でのピカレスカ “Picaresca” 小説の上演で、最もすばらしい劇団としてハヴィエル・ヴィジャウルティア (Xavier Villarrutia) 賞を受賞した。公開はサルヴァドール・ノヴォ (Salvador Novo) の援助によってカピジャ劇場で上演された。
国内情勢としては、学校職員と鉄道職員による運動がリーダー達の逮捕によって衰退していった。
12月1日、アドルフォ・ロペス・マテオス (Adolfo López Mateos) が大統領に就任した。 |