独立戦争の後、スペイン国王はメキシコに対する領主権を喪失したので、大学から「王立」の文字が削除された。その時より、国立・教皇立と呼ばれ、更に後になってメキシコ大学の名前だけが残った。
進歩に後退する出来事だとして自由主義者からは快く思われなかったので、 大学は1833年、1857年、1861年、1865年に閉鎖された。
マキシミリアノ (Maximiliano) 皇帝は大学を再開し、医学、工学、図書館学、建築学、法学などの各学校、後に農業学校が設立された。
1867年、ガビノ・バレダ (Gabino Barreda) 博士は、アウグスト・コムテ (Augusto Comte) の思想に感化された学習プランとして国立高等学科を設立した。この教育改革は19世紀まで継続した植民地教育の残滓を一掃した。 |